ハシーバ・ブルメルカは、アルジェリア出身で、1990年代に活躍した。専門は中距離走。1991年に東京で開催された世界選手権において、1500メートル走で優勝し、一躍世界の表舞台に躍り出た。この競技の世界選手権での金メダルは、アルジェリア人女性としても、アフリカ人女性としても、史上初の快挙であると報じられた。そして何より圧巻だったのは、1992年の夏のオリンピック。祖国アルジェリアが政治不安から内戦へと突入する中、地中海を挟んだ対岸、バルセロナで開催されたオリンピックの決勝で、ブルメルカは優勝した。しかも、2位以下を大きく引き離しての圧勝(図4)。鍛え抜かれた肉体でトラックを精悍に駆け抜けて、勝利の雄叫びをあげ、アルジェリア国旗を胸に抱きしめて喜びに浸るその姿は、世界中に放映された。そしてこの決勝のレースは、その間彼女に寄せられていた批判を退けようとする強い意志を感じさせるものでもあった。というのも、ブルメルカは他の国の女性ランナーと同じようにランニングに半ズボンという姿でそれまで競技をしており、肌の露出の多い格好はつつしむべきだと考える一部のムスリムの反発を買っていたのである。