(この記事は2020年6月1日に一色出版メルマガとして配信したものです)
今回、『寄生バチと狩りバチの不思議な世界』を担当するにあたり、
参考にした本がのなかで、
「ハチ」「寄生」をキーワードにした他の本を紹介して見ようと思います。
それぞれの本と比べることで、
『寄生バチと狩りバチの不思議な世界』の性格も
浮き彫りになるかもしれません。
おはようございます。
一色出版の岩井峰人から、
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【1冊目】
『ミツバチの会議:なぜ常に最良の意思決定ができるのか』
トーマス・シーリー著、片岡夏実訳、2800円+税
292ページ、築地書館、2013年(原書2010年刊行)
もっとも発達した社会をもつとされる昆虫の、
ある習性に着目した本になります。
著者は1952年生まれのコーネル大学生物学の教授。
本書では、ミツバチ(セイヨウミツバチ)のもつ、
「分蜂(ぶんぽう)」という習性にスポットライトが当てられます。
本書では、その調査内容が克明に紹介されています。
ただし、本書のもっとも重要な点は、分蜂の詳細な説明ではありません。
新たな巣(コロニー)をハチたちが決める際、
「どのような方法で決定されているか」、つまり議論の仕方という点になります。
探索バチがまず、新たなコロニーのための多くの候補地を選び、
戻ってきたハチそれぞれがコロニーにおいて、自分の候補地を次のコロニーにしようと、
「マニフェスト戦」を展開するとされます。
最終的には「熱意を持って」尻振りダンスをした探索バチに票が集まり、
反対意見は消失し、一つの候補地に落ち着くとされます。
著者はこの過程を「一元的民主主義」と呼び、
実際に人間社会でもこれにならって、実行したようです。
著者はコーネル大学の学科長に就任した時、
「なかば楽しみに、なかば実験として」、
探索バチのやり方を取り入れたようです。
ハチなど昆虫に興味あるアマチュアファン向けの本と考えていましたが、
読んでみると意外と本格的な研究書という印象です。
多くのページが調査報告に割かれ、
実際に、誰がいつ、どの場所で調査したかが、
固有名詞を伴いつつ、写真・図と使って
詳述されています。
ただ、図は論文に使ったものをそのまま掲載したようなものが
ほとんどであり、写真も数自体はページ数の割には少ない印象です。
そうはいっても、海外のポピュラーサイエンスらしく、
アマチュアファンを楽しませるために、
分蜂の決定方法を選挙戦になぞらえるなど、
多くの例が挿入され、理解しやすくなっています。
『寄生バチと狩りバチの世界』では、重要かつ難解な箇所には、
たとえや昆虫の視点になって解説するなど、
理解への工夫はあります。
ただ、やはり中には専門用語や難解な話題もあり、
読者には少しストレスを強いたり、
他のもので勉強してもらう必要もあるかと思います。
一方で、写真については『寄生バチ』は豊富であり、
この点は本書の特徴と言えるでしょう。
【2冊目】
『昆虫は最強の生物である: 4億年の進化がもたらした驚異の生存戦略』
スコット・リチャード ショー (著), 藤原 多伽夫 (翻訳)
304ページ、河出書房新社、2016年
昆虫の進化4億年をストーリー仕立てで解説したもので、
著者はワイオミング大学昆虫博物館のキュレータ、教授。
日本では、昆虫進化の解説を、
ここまでこなれた読み物として提供しているものは、
ほぼないのではと思います。
著者の個人的な視点や体験をまじえて、臨場感をともない、
読み手を本の世界に誘う手法は、
欧米のポピュラーサイエンスが得意としている手法かもしれません。
非常に読みやすく、理解しやすい良書と言えるのではないでしょうか。
狩りバチの専門家とあって、
寄生バチ、狩りバチの起源と進化が特に詳しく解説されています。
冒頭は、一匹のカミキリムシとの出会いから、
その昆虫を通して、進化の壮大なストーリーが展開されていきます。
このような入り方からして、
説明的、教科書的でなく、
読者を引き込む手法は秀逸です。
この本に比べると、『寄生バチと狩りバチの世界』はやや説明的かな、
という印象を持ってしまいます。
また先と同様に、この本もたとえが豊富です。
生物が初めて陸上に進出したことを、
人類の初めての月面着陸にたとえるなど、
生物史イベントを実感をともなって
伝える手法が巧みです。
昆虫以外の生物、祖先的な生物や系統的に近接のものの進化にも触れられていて、
わかりやすいストーリー解説になっているのもとても効果的ですね。
『寄生バチと狩りバチの世界』でも、
たとえで解説するなど工夫してもらいましたが、
この本ほど成功できたかは微妙です。
大きな違いは写真の数。
『昆虫は最強』にも写真はありますが少なく、
内容も化石などが多いため、理解や興味に効果的かは少し疑問です。
『寄生バチ』では生態写真も多く、
また動画まであるので、
大きなメリットになっているでしょう。
【3冊目】
『増補版 寄生虫図鑑』
モノクロ130ページ、本体2300円、講談社
目黒寄生虫館監修
冒頭の監修者の言葉で
「世界で1番美しいビジュアルブック」とありますが、
写真は載っていません。
代わりに点描によるイラストが、
ダビデ像の鼻の穴からヒルが飛び出すなど、
インパクト出そうとする描写が全種にわたり載っています。
図鑑とありますが、各種の細かな特徴が記載される訳ではなく、
ストーリー形式で、面白く、わかりやすく、
この生き物を知らない人が興味を持ってもらうような作りになっています。
『寄生バチ』でも一般向けに文章を工夫してもらいましたが、
『寄生虫図鑑』は、さらにわかりやすさ、面白さを追求したものと言えるでしょう。
ある人がある寄生虫に出会うとこから解説が始まり、
徐々に、時に緊迫感を持って特徴を明らかにしていく手法は、
多くの読者を引き込むのに有効という印象です。
『寄生バチ』では、ここまで
の引き込む工夫は持っていません。
事実の紹介に、より紙面が割かれ、
ある程度昆虫や生物のことを知っている人が、
より詳しく楽しんで読む性格の本と言えるでしょう。