最初の打ち合わせが2017年3月でしたので、1年9ヵ月ほどで完成しました。本書のような大型の企画にしては割とスームズに進行できまして、有り難うございました。
では、本書で伝えたかったこと、また先生ご自身についてもお伺いしたいと思います。
脳の専門家として長年、研究されてきた先生にお聞きしたいのですが、先生の考える「脳」とはどういうものですか?
地球上にはいろいろな環境がありますが、そこで生きる動物は、周囲から与えられる試練に対抗するためさまざまなスキルを進化させてきました。それをもっとも象徴的に示す器官だと思います。
では、脳を持たない生き物もいますが、なぜ脳はさまざまな生き物が持つようになったのでしょうか?
確かに植物などは脳を持ちませんが、自分から能動的に活動する動物の多くは脳を持っています。そして、脳は一般的に体の前方につくられます。これは体の進行方向から最も多くの刺激を受け取るので、体の前方に感覚器官が集まる傾向があり、そこに情報を集めて解析する装置として脳が生じたのではないかと思います。
なるほど、進行方向に敵や餌を感知する器官として出来上がったのですね。
では、そのように生じた脳は、長い時間をかけて進化してきたと思いますが、現在も脳は進化していると言えるのでしょうか?
はい、現在も進化しています。おそらくこれからも様々な機能を備えた脳が進化してゆくと思います。
もう少し脳の成り立ちについてお聞きしたいのですが、なぜ生き物によって脳の形や働きがさまざまなのでしょう?
脳は周りの環境の情報を集め、ふさわしい運動応答をつくる器官です。ですから、動物によって主に使う感覚器や運動によって、「脳のどこを使うか」が動物の種ごとに異なります。これが長い年月をかけて脳の形や機能が変わってきた理由だと思います。自然が5億年をかけて行った壮大な実験の結果ともいえるでしょう。
今度はもっと身近なところからの質問なのですが、親と子どもでは見た目が遺伝することはよくわかるのですが、脳の特徴も遺伝するのでしょうか?
脳の神経細胞を作ったり、神経の配線を決めたりするのに様々なタンパク質が働き、これによって脳の特徴も作られていきます。これらタンパク質は、DNAから作られる(翻訳される)ものです。そのDNAは両親から受けぐので、当然親が持っている形質が受け継がれると思います。ただ(両親どうしでDNAが交換される)有性生殖を行う動物が多くいます。その場合、両親の形質が混じり合うので、親と全く同じものにはなりません。
親になると自分(親)の性格などの特徴が子供に遺伝するか、誰もが少しは気になるのではないでしょうか。では、賢さや好奇心、男らしい女らしいなどの特徴も遺伝するのでしょうか?
ある程度は遺伝すると思います。ただし、そうした形質は生後の経験によって変化する要素がとても多いと思います。私は賢くないので、賢さは生後の努力で何とかなると信じたいです。
たくさんの努力によって(?)研究者になられたと思いますが、ところで、先生はどうして脳研究者になったのでしょうか。
鳥類と哺乳類の脳を見比べたときに、あまりに大きなが違いがあったので、興味を覚えたのがきっかけです。
現在はどのような研究課題をもっているのでしょうか?
脊椎動物の脳はさまざまな形態に進化しているので、どうしてそんなことが可能になったかを明らかにしたいと考えています。
昨今、高齢化の進行もあり、認知症など脳の働きへの関心が増してきていますが、主に脳の進化を専門とされている先生からは、このような脳の障害はどのように説明できるでしょうか?
あくまで私の見解ですが、ヒトの寿命は医学の進歩がなければ今よりずっと短いと考えられています。脳はもともと100年近くも使うようには進化してこなかったのではないかと思います。
医学の進歩と脳の寿命のバランス、難しい問題ですね。では最後に、この本『遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界』のどのようなところに注意して読んでほしいでしょうか? また本の最たる魅力は?
本書では刺胞動物からヒトまで、さまざまな系統の動物の脳が網羅されているので、動物ごとに多彩に進化した脳の形や働きに触れていただきたいです。また、それぞれの章は各分野の第一線で活躍しておられる先生方が執筆されています。その中では実際の研究の進め方なども多く紹介されているので、将来研究者を目指す人にとっても参考になると思います。
今回はインタビューを有り難うございました。本書『遺伝子から解き明かす不思議な世界』では、さまざまな動物の脳を紹介し、特にヒトの脳がいかに知能を獲得したかなど、丁寧に解説しています。ぜひ手にとってみてください!
『遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界:進化する生命の中枢の5億年』(編著:滋野修一、野村真、村上安則)
本体4500円、B6サイズ、520ページ、2018年12月発売