昆虫も学習や記憶ができるの?
猿はもちろん犬やイルカも、人が教えて、それを学び、だんだんと教えられた通りことのができるようになります。つまり、学習して記憶しているように見えますね。
では昆虫はどうでしょう? カブトムシやクワガタに何か一つの芸を教えようとしても、うまくいったという人はいるでしょうか? いませんよね。
では、人間や犬やイルカなどの動物と、昆虫とでは、何が違うのでしょう? また昆虫の中でも学習や記憶のできるものと、できないものがいるのでしょうか?
ここでは、昆虫が、学んだり、覚えておくことはできるのか、もしできるのなら、どのような方法でおこなっているのか、人間とは違うのか、といったことを紹介していきます。
(以下の記事は『遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界』をもとにしています)
そもそも学習する、記憶するとは?
学習や記憶ってそもそも、どういうことを指すのでしょうか。科学的な定義はあるかもしれませんが、ここは常識的な感覚で、「学習=知らなかったことを知る」、「記憶=知ったことを思い出すことができる」、といった程度にしておきましょう。
では、学習する昆虫にはどのような仲間がいるでしょうか。
学習するからには、他の誰かから教えてもらう、ということがなければなりません。では、少なくとも一匹で生活する昆虫ではなく、集団か、または誰かとコミュニケーションする昆虫が学習をおこなっているはずです。
集団生活する昆虫のひとつで、よく研究されているのもののひとつに、ミツバチがいます。
学習するには脳が必要? 昆虫には脳があるの?
では学習するには、何が必要でしょうか?
長い手足や大きなアゴがあったら、きちんと学習できそうでしょうか?
そういうわけではなさそうです。では、どのようなものが必要でしょうか。
おそらく人間で言うところの脳が必要そうですね。
ただ、脳と言っても、昆虫には脳があるのでしょうか?
人間とまったく同じ働き、仕組みとは言えませんが、昆虫にも脳があるとされています。では、どのような働きや仕組みをもっているのでしょうか。
まず働きの方を見て見ます。
人間と同じように、昆虫も見たり、聞いたり、味わったりします。そこから、「動いている/いない」、「音がする/しない」、「美味しい/まずい」といった知覚が得られます。
それら知覚は最終的に、「自分にとってどのような意味があるのか」「逃げるべきか、戦うべきか」「食べられるのか、そうでないか」など、判断されなくてはなりません。こういった処理をする器官として、脳が必要なようです。
次に仕組みの方を見て見ましょう。
人間と昆虫の脳では、共通するところとして、知覚情報を処理する仕組みが挙げられます。ニューロンやグリア細胞というものを聞いたことがあるでしょうか? これらは脳のなかで情報を伝達するのに必要なものです。こういった器官や仕組みは人間と昆虫とのあいだで、共通するところです。
一方で、異なるのは、ニューロンの数が主なものとして挙げられます。人間の脳には1000億以上のニューロンがありますが、昆虫のなかでもニューロンの数が多いとされているミツバチでさえ、100万ほどです。その差10万倍。
ニューロンの数だけで全てが決まるわけではありませんが、
その複雑さに大きな差があるのはわかると思います。
ここらへんの話は、別の記事「昆虫の脳の仕組み」で紹介していますので、そちらをご覧ください。
では、いよいよ知覚されたこれらの内容が、学習そして記憶という成果にどのようにつながるのか、その仕組みを見てみましょう。
「キノコ」が学習・記憶している?
インターネットで「昆虫 記憶 学習」などと検索すると、必ず出てくるのが「キノコ体(たい)」という用語です。森に生えているあのキノコと関係あるかと言えば、そうではないようです。昆虫の脳のなかに学習や記憶にとって大事な箇所がありますが、その形がキノコに似ているので、「キノコ体」とよばれているようです。
人間と同じように、昆虫の脳も左右の形がほぼ同じようになっていて、分かれてできています。キノコ体は、その脳の左右に一つずつあります。このキノコ体が記憶するのに必要な器官のようですが、なぜ必要だと言えるのでしょうか。
このことを、ミツバつを使って実験した人がいます。その実験というのは、下の①〜③のような内容です。
①ミツバチに何かしらのある匂いを嗅がせる
②直後に、報酬として砂糖水をあたえる
③上の2つを何度も繰り返す
この結果、ある匂いを嗅がせるだけで、ミツを吸うところである口吻(こうふん)を伸ばすようになったのです。つまり、「ある匂いを嗅ぐ」==>「砂糖水がもらえる」ということを学習したのです。
さらに、この行動は一週間ほど続けることができたので、「記憶した」と言うこともできます。
しかし、ここでひとつの疑問が出てきませんか。
本当にキノコ体が働いて、学習・記憶という成果につながったのか、という疑問です。脳の他の場所が働いたことが理由とはならないのでしょうか。
実験した人もそう思ったのかもしれません。試しにキノコ体だけを冷却して、働かないようにしたようです。
そうすると、この学習・記憶が成り立たなくなったようですので、やはりキノコ体が学習・記憶の大事な場所ということがわかりました。
どうやって学習するの?
キノコ体が学習・記憶に必要なのは、分かりました。では、どうやって学習しているのでしょうか?
「学習」と聞くと、筆者は子供の頃にした勉強を思い出してしまいます。勉強するときは、先生がいて、その授業を受ける生徒がいますね。昆虫の世界でも先生と生徒がいるのでしょうか。
人間の学校のように先生・生徒という関係と同じではありませんが、教える側と教わる側がいるという点は同じです。
では昆虫にとって「学習」は何を指すのでしょう? ここでも分かりやすいように、ミツバチに登場してもらいましょう。
ミツバチは、昆虫のなかでもハイスペックな脳を持つといわれます。このハイスペックな脳のおかげで、餌を見つけたハチ、つまり教える側が、巣にいる仲間、つまり教わる側に、その場所を伝えることができます。
このような脳を持つミツバチが学習する場面とは、
・餌のある場所を覚えて巣に帰るとき
・餌のある場所を教わるとき
などに必要とされます。
教えようとするハチは、羽ばたきをおこない、その音によって相手に位置を知らせるようです。
この音による伝達によって、相手のハチは餌のある場所を学習し、記憶するようです。
人間でも何かを伝達するとき、言葉という音の情報をもとにおこないます。人間は喉や口を使って音を発しますが、ハチの場合には、羽ばたきが言葉のかわりとして、伝達しているようです。
このような、「音をもとに学習する」ということを確かめるために、以下のような実験がおこなわれました。
①ミツバチの脳に、とても細い電極を差し込む
②羽ばたきの音を聞いているかのように、人が操作して触覚を振動させる
③脳のなかで音を処理するところが、どのように活動するか記録する
記録を調べたところ、音を処理する脳のある部分が、学習に特に大事なことがわかりました。
そこは「ジョンストン器官」と呼ばれます。このジョンストン器官のある部分は、羽ばたきが開始すると活動し、他のある部分は、羽ばたきされている間中、活動していました。
つまり、羽ばたきの音がする時間の長さをもとに、教わっているようです。
どうして学習できるようになったの?
最後にもうひとつ疑問にお付き合いください。
では、どうしてミツバチは学習ができるようになったのでしょうか? どうして学習ができる脳を持つようになったのでしょうか?
「もうひとつ」と言いながらふたつの疑問になっていますが、同じ内容の疑問です。
ハチはハチでも、ミツバチをはじめ、スズメバチ、アシナガバチなどのハチ以外では、学習という話は聞きません。それに、集団で生活し、それぞれが役割分担して、ひとつの巣を営んでいるということも、ほぼないようです。
このことはハチの進化に関係しているようです。
ここで、さきほどから出ていたキノコ体に再び登場してもらいましょう。
ミツバチの進化や社会性を専門とする久保健雄博士(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻生物学講座)らは、キノコ体の進化こそが、ミツバチのコミュニケーション能力、社会を営む能力を進めたのではと考えています。
キノコ体は、「ケニヨン細胞」という細胞を持っています。
この細胞は、3つの部分から構成され、それぞれ別々の役割を持っています。
・大型ケニヨン細胞=記憶・学習を支える
・中型ケニヨン細胞=(?)
・小型ケニヨン細胞=集団を営むための分業を支える
中型ケニヨン細胞は、研究がまだ始まったばかりのようです。
これら3つのタイプの細胞は、ずっと昔の、原始的なハチの頃から、もともとあったわけではないようです。
集団のなかで、分業という仕組みを持つように進化したのと同じく、徐々にタイプを獲得してきました。
例えば、原始的なハチでは、1種類のタイプしかケニヨン細胞を持ちませんでした。それが段階的に他のタイプのケニヨン細胞を獲得していって、オオスズメバチやミツバチでは3種類を獲得するにいたりました。
集団のなかでの分業体制、つまり社会を営むうえでは、脳で処理しなければいけない情報の「量・種類」が、格段に増えます。そのため、このようなさまざまな細胞、ニューロンが増えていったとされています。
まとめ
ここまで長い間、読み終えていかがでしょうか。
昆虫が学習したり記憶したりするのか、その方法、その理由など、大まかには分かってもらえたでしょうか。
最後におさらいをしておきます。
・学習・記憶のためには脳が必要であり、昆虫も脳を持っている
・昆虫の学習・記憶には「キノコ体」が決定的な役割を持つ
・昆虫のなかでハイスペックな脳を持つミツバチは羽ばたき音をもとに学習・記憶している
・キノコ体で大事な役割をもつ「ケニヨン細胞」と、ハチの集団生活の営み(社会性)は、ともに発達してきた
ここまでの話は『遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界』の「第4章 小型でハイスペックな昆虫の脳」から引用したものです。
もっと詳しく知りたいという方は、実際の本を手にとってみてください。
(一色出版・編集部)