夏の夜に不快な音とともにやってくる蚊、気がつけば軒先に巣をつくっているハチ、自在かつスピーディに飛行するトンボ。
慎重に近づいて叩いたり捕まえたりしようとしても、毎回、無残に逃げられているのではないでしょうか。
なぜ、かれら昆虫はそのように人間を凌駕するほどの素早さで反応し、動けるのでしょうか。
人間からすれば、確実にとらえたと思っても、こちらの動きを感じ、反応し、逃げることのできるその能力の理由は何でしょうか。
その最たる理由には脳があげられそうです。
脳は自分の周りの変化を感じ、次の行動をする指示を出す働きを持ちます。
さらに言えば、脳からの情報を受け取り、体を実際に動かすそれぞれの神経にも答えがあるようです。
では、そのような昆虫の脳は、どのような特徴を持ち、どのようなところが人間と同じまたは違うのでしょうか。
(今回の記事は『遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界』をもとに紹介します)
そもそも昆虫にも脳があるの?
「昆虫にも脳がある」と聞くと、おや?と思われる方もいるかもしれません。
あんな小さな体に、本当に脳という複雑な器官が入っているのだろうかと。
しかし実際に昆虫も脳というべき器官を持っています。
そうは言っても、非常に複雑に発達した人間の脳とは、仕組みや働き方が違うところがあります。
では人間の脳と昆虫の脳は、どのような点が違うのでしょうか。
まず昆虫の脳の大きさを見てみましょう。
ショウジョウバエの脳の大きさは、縦300マイクロメートル、幅600マイクロメートル、奥行き200マイクロメートルほどです。
これではわかりにくいかもしれませんが、コピー用紙の厚みにたとえると、縦・横・幅はそれぞれ3・6・2枚ほどになります。
コピー用紙が2〜6枚ていどの厚さという極めて小さいサイズですが、人間を凌駕する素早い動きを可能にしているのは、やはり驚くべきハイスペックといえるかもしれません。
次に、昆虫の脳の仕組みを見てみましょう。
人間の脳はもちろんひとつで、頭にニューロンの大きな塊(かたま)りとなって持っています。
このニューロンとは情報を整理したり蓄えたりするのに大きな役割を持つものです。
対して昆虫は頭部に脳を持つと同時に、胸や腹などにいくつかの神経の塊りを持ちます。
人間とは異なり、これらが体を動かすのに大きな役割を持っています。
つまり、これら胸や腹にある神経の塊りが素早く動く鍵を握っているようです。
これら神経の塊りは、脳に頼らずに、翅(はね)や脚の動きコントロールする働きを持っています。
みなさんの中でも、昆虫が頭を切り落とされても、翅や脚が動いているのを見たことがある人がいるのではないでしょうか。これは、このもうひとつの脳が翅や脚をコントロールする働きを持っていることの証になります。
これら神経の塊りによって、昆虫の素早い動きが可能になっているようです。
昆虫の脳と情報を伝える仕組みは共通している
ではサイズが大きく違う両者の脳ですが、お互いが共通するところはあるのでしょうか?
人間の脳の特徴といえば、たとえば「思考する」、「記憶する」などの働きがあげられます。
一見すると、昆虫にはそういった働きはあまりなさそうに見えます。
(このあたりの、昆虫による「学習」「記憶」という内容は、別の記事「昆虫は学習したり、記憶したりできるのか?」をご覧ください)
ただ、情報を処理する仕組み自体は意外と共通するところがあるようです。
脳が働くときに使われる器官(ニューロンとグリア細胞という器官)は、人間と昆虫とのあいだで共通しています。さらに、その器官によって運ばれる信号(化学物質や電流)も、ほぼ同じものが使われています。
長い進化の歴史のずっと昔の段階で、人間と昆虫の共通の祖先がこのような仕組みを持つようになったと考えられています。
その後、人間と昆虫が別々の進化をしていくと、それぞれ特有の働きと仕組みを持つようになりました。
昆虫の脳は人間同様、記憶する力を持っている
人間のように複雑な情報の記憶ではありませんが、たとえばミツバチでは餌である花の蜜を見つけると、8の字歩行をすることがよく知られています。これもハチが餌のある方向を記憶しているからこそできる行動です。
またショウジョウバエのオスは、メスに求愛して断られてしまうと、その失恋経験を記憶して、しばらくはメスに求愛するのを控えてしまいます。人間でもこのような経験を持つ男性は多いのではないでしょうか。
このような経験は脳のどこに記憶されているのでしょうか。
昆虫の脳で主に記憶を担っているのは「キノコ体」という部分になります。まさにキノコのかさのような形をした脳の一部分にとどめられるようです。
一方で、人間では記憶には「海馬」というタツノオトシゴに似た部分が重要な働きを担っています。
昆虫でも人間でも、脳のある一部分が記憶の主な働きを持っています。
また昆虫ではキノコ、人間ではタツノオトシゴというように、両方とも生き物に似た部分が記憶に主に関わっています。
(キノコ体を冷却して働かないようにした実験では、記憶がうまくできないようになったようです。別の記事「昆虫は学習したり、記憶したりできるのか?」をご覧ください。)
昆虫の脳は人間とはニューロンの数が大きく異なっている
もちろん大きく異なる点もあげられます。
その最たるものは、ニューロンの数。これは、やはり人間の方が圧倒的に多くなっています。
人間が1000億個以上とされるのに対して、ミツバチは100万個ていど。
その差は10万倍。
昆虫のなかではニューロンが多いというミツバチでさえ、人間と比べると大きく差が開いています。
ただ、ニューロンの数が多ければ複雑で高度な処理ができるかと言えば、必ずしもそうとは言えませんが。
まとめ
人間との比較を通して昆虫の脳について紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。
生物として人間とは非常にかけ離れた存在のように見える昆虫ですが、意外にも共通点があるのがわかったと思います。
「地球とは昆虫の惑星である」とよく言われるように、昆虫は空中から水中や高山から地中まで、あらゆる場所で活動できるように進化してきました。
この昆虫の進化や、進化に大きな役割を持つ遺伝子についての研究も、近年では目覚ましく発展しています。
昆虫の脳の理解を通して、人間の脳のより深い理解、さらには人間の進化など理解が深まるかもしれません。