スポーツの世界史

ムスリムのレスリング「ズールハーネ」(スポーツの世界史39)

ムスリムのスポーツ中でも忘れてはならないのがレスリングである。特にイランではレスリングが盛んで、「ズールハーネ」と呼ばれるジムで競技されてきた。ズールハーネとは、ペルシア語で「力の家」を意味するドーム型の施設である。建物の内部に入ると、半...
スポーツの世界史

世界で活躍するムスリムのスポーツ選手(スポーツの世界史38)

1942年にアメリカ合衆国で生まれたヘビー級ボクサー、モハメド・アリは、元々カシアス・クレイという名前だった。圧倒的な試合運びや、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」というセリフで有名だが、1964年に名前まで改めたように、イスラームに改宗...
スポーツの世界史

ペロンによるアルゼンチン 少年サッカー大会「エビータ選手権」(スポーツの世界史37)

連盟・クラブ・選手に対する莫大な財政支援、1950年のバスケットボール世界選手権や1951年の第1回パンアメリカン競技大会などの国際大会の招致、国民的人気を誇ったファーストレディの名を冠した全国少年サッカー大会「エビータ選手権」の開催とい...
スポーツの世界史

チリ人初の五輪メダリスト マヌエル・プラサ(スポーツの世界史36)

新聞売りの仕事の傍ら長距離走者としてのキャリアを積んだチリのマヌエル・プラサは、1928年のアムステルダム五輪のマラソン競技で銀メダルを獲得してチリ人初の五輪メダリストとなり、一躍国民的英雄の座を確固たるものにした。フィルポ同様、彼らのよ...
スポーツの世界史

「パンパの暴れ牛」アルゼンチンの ルイス=アンヘル・フィルポ(スポーツの世界史35)

1920年代に国民的英雄として称揚される下層民出身スポーツ選手が相次いで登場したことは、スポーツの大衆化が十全なレジティマシーを獲得したことの象徴である。「パンパの暴れ牛」の異名を取ったアルゼンチンのヘヴィー級ボクサー、ルイス=アンヘル・...
スポーツの世界史

独創的なアルゼンチンの伝統スポーツ「パト」(スポーツの世界史34)

円形の競技場の中に放たれた暴れ牛を2組の騎馬で追い込むチリのロデオ、荒馬乗りの技術を競うアルゼンチンやウルグアイのヒネテアーダといった元来牧童たちの生業と密接に結び付いたスポーツが、植民地期の間にレクリエーションとして、また興行スポーツと...
スポーツの世界史

したたかな野球大国ドミニカ(スポーツの世界史33)

 キューバ人によって伝えられた野球が、サトウキビ・プランテーションで広まり、アメリカの影響を受けながら発展してきたという歴史そのものの中に、アメリカのシステムを自分たちの生活の中に取り込んできたドミニカ人の「したたかな」生きかたが見え隠れ...
スポーツの世界史

ハンガリー代表のエース プシュカーシュ・フェレンツ(スポーツの世界史32)

ハンガリーでは読み書きのできない最下層出身の選手であっても、アスリートとして成功すれば、政治家や軍人を含む高い社会的地位を得ることができた。このような背景が「マジック・マジャル」を生み出したと考えられる。特にそのエースだったプシュカーシュ...
昆虫たちの不思議な性の世界

『昆虫たちの不思議な性の世界』書評掲載(日本農業新聞2018/8/5)

昆虫の性について、面白いエピソードだけでなく、マジメに解説した本書の内容を巧みに紹介していただいています。「害虫」への言及があるのは、さすが農業新聞さんといったところでしょうか。
スポーツの世界史

バスケットボールの誕生(スポーツの世界史31)

バスケットボールは、1891年12月、マサチューセッツ州のスプリングフィールドにあるYMCA訓練学校で誕生した。カナダ生まれの新任教師ジェームズ・ネイスミス(図5)は、上司ルーサー・ギューリックから、屋外での運動ができない雪の深い冬にも、...
スポーツの世界史

アメリカ初の近代スポーツ(スポーツの世界史30)

アメリカにおける近代スポーツの発展史でよく取り上げられる競技に、ボクシングや長距離競走(ペデストリアニズム)がある。ボクシングは18世紀から19世紀にかけて「ブロートン規約」や「クイーンズベリー・ルール」を採用することによって、腰より下の...
スポーツの世界史

ロシアのアイスホッケー創成期(スポーツの世界史29)

ロシアではサッカーと並んで人気が高いアイスホッケーだが、普及した時期はサッカーよりも遅い第2次世界大戦後である。1946年に始まったソ連リーグがその普及の原動力となった。ソ連リーグで強豪だったのはCSKAで、45年の歴史のうち31回優勝し...
スポーツの世界史

ロシアの伝説的ゴールキーパー “レフ・ヤシン”(『スポーツの世界史』No.28)

ディナモ・モスクワは1945年にイギリス遠征を行ない、カーディフ・シティやアーセナルに勝利している。それに続く時期のディナモ・モスクワの名ゴールキーパーとして活躍したのが、レフ・ヤシンだ。  1929年にモスクワで生まれたヤシンは18歳の...
スポーツの世界史

ロシアの伝説的ヒーロー“イヴァン・ポドドゥブヌイ”(スポーツの世界史27)

20世紀に入ると伝説的なスポーツ・ヒーローがロシアに出現することになる。そのひとりはイヴァン・ポドドゥブヌイだ。  ポドドゥブヌイは1871年にポルタヴァ県のボゴドゥホフカ村に生まれた(現在はウクライナ)。ロシア帝国の辺境には特別に許され...
スポーツの世界史

「戦争はマクシミルで始まった」(『スポーツの世界史』No.26)

「戦争はマクシミルで始まった」は、ユーゴスラヴィア解体とスポーツの関係を象徴的に示している。1990年5月、ザグレブのマクシミル競技場で行なわれていた、ディナモ・ザグレブ対ツルヴェナ・ズヴェズダ・ベオグラード戦は、それぞれのサポーター間の...