そもそも新種って何? どのくらい見つかるの?
新種とは、まだ名前のついていない生きもののことです。
「名前」と言いましたが、正確には「学名」と言います。この学名が付けられて初めて新種と認められます。
学名という言葉をあまり知らない人がいるかもしれないので、少し説明をしてみましょう。
学名というのは、世界中でたったひとつの名前のこと。たとえば、「aaaa bbbb」という学名をもつ昆虫がいたとします(学名はアルファベット表記で、斜体にします)。すると、この学名を持っているのは、世界でただ1種の昆虫のみになります。
例えば日本のカブトムシは、学名をTrypoxylus dichotomusと言います。世界中に「カブトムシ」はアトラスオオカブトやコーカサスオオカブトなど何種類もいますが、このTrypoxylus dichotomusという学名をもつ種は1種だけになります。
人間でも、「鈴木一郎さん」は野球のイチローだけでなく、たくさんいると思います(調べてはいませんが)。
人間の世界では、「どこどこの何々の鈴木一郎さん」といえば通じるかもしれませんが、科学の世界ではあいまいなままにしておくわけにはいきませんので、学名が必要とされます。
では、特に種数の多いことが知られている昆虫は、年間でどれくらい発見されているのでしょうか?
一般的には、年間2万種ほどが発見されていると言われます。
ただ、ある昆虫グループ(分類群)によっては、「新種なんて当たり前」とされます。
例えば、ハエの仲間でクロバネキノコバエ科というグループは、想定される全種数の10%程度しか解明されてなく、どんどん新種が発見されることが予想できます。
新種なんて身近にいない・・・わけじゃない!
身近な生き物でも、よく調べたら実は新種だった!ということも分類学者は経験しています。
たとえば、チョウの一種にウラギンヒョウモンというチョウがいます。
暖かくなる頃には、さまざまな地域の草原で見かけられる、一般的なチョウです。特にチョウが好きというわけでない人も、目にしているかもしれません。
従来、別々のグループかという推測はありましたが、はっきりとせず、ひとつのグループとして扱われていました。
それが2019年に「山の個体群」と「平地の個体群」が別種であることが明らかにされました。
また、昆虫ではありませんが、誰でも知っているサザエ。この生き物は、種としてきちんと認められたのは2017年だったのです(岡山大学の福田宏博士らの研究成果〈https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id468.html〉)。
つぼ焼きや国民的なTVアニメの名前としても有名な貝ですが、つい最近になって新種と認められたのですから、身近な生き物でも、新種であることは十分にありえるようです。
新種って見たとたんにわかる?・・ものではありません!
上のサザエは良い例ですが、その道に詳しい研究者でも、見たとたんに新種とわかる生き物ばかりではなく、むしろ、そのようなことはほとんどないというのが事実です。
実際には、研究者がぼう大な標本やフィールドワーク(調べたい生き物のいる場所に行って調査・採集すること)で見つけた生き物を、「これは新種かな?」と疑うところから始まり、その後の地道な調査を通して、新種と発見するにいたります。
本当に新種かどうかは、その生き物に関する過去の学術論文を、丁寧に読み解くことも大切な作業になります。
新種だ!と思ったら違うこともありうる
さまざまな確認をした結果、「これは新種だ!」というこの上ない喜びを味わえるのは、分類学者の特権かもしれません。
でも、喜びもつかの間。日本や海外の標本を調べていたら、実は既に知られていた種だった・・・ということもよくあります。
この時に使われる標本は「タイプ標本」といって、ある生き物が、本当にその種かどうか、決定するときに基準となる標本のことです。
例えば1匹の甲虫を捕まえたとします。見たこともない色彩なので、ひょっとしたら新種では、といろいろな図鑑やネット上の画像と見比べてみると、ある図鑑にそれと同じ甲虫が載っていました・・・残念。
でも、その画像と捕まえた甲虫をよーく比べてみると、少しだけ色味が違うことに気づいたとします。
捕まえた甲虫の色は黄色が強く、画像のものは緑がかっているとします。
そこで、あらためて他の図鑑やネット上の画像ときちんと比べてみると、同じ甲虫とされているのに、ある図鑑では赤味が強く、他の図鑑では青味の強いものがいるなど、いくつかのパターンがあって、どれが正しいのかわかりません。
このような時に見るのが、タイプ標本になります。その昆虫を実際に発見し、学術雑誌で発表した人が、詳しく特徴を書いており、またその標本画像があるはずなので、それと照らし合わせて新種かどうかを判断します。
このタイプ標本との比較や、同じ昆虫を調べている研究者への問い合わせなどを通して、はじめて新種かどうかが決定されます(「同定する」といいます)。
新種ってどうやって認められるの?
「発見→研究→発表→学会に認められる」というプロセスが考えられがちですが、実際には「発見→研究→論文執筆」であり、学会では新種かどうか判断されません。
哺乳類のように種数が少ないグループは別として、昆虫のように種数がものすごく多いグループでは、論文執筆に伴う「査読」が、新種かどうか判断する役割の一部を担っています(それも絶対ではない)。
この査読というのは、同じ分野の研究者が論文を読んでみて、内容の不正確なところが多くないか、新しさがあるかなどの評価をすることです。
新種を発見する面白さ!とむずかしさ……
新種の発見とは、その生きものの「履歴書を作るようなもの」といわれます。
たとえば、ネグロフサヤガというガの一種(ヤガ科)の履歴書を見てみましょう。
このように、4回の変更を経て、現在の学名に決まりました。
一人の人間が、高校や大学を経て、会社へと所属が変更するたびに、肩書きが変わります。
同じように、昆虫も、分類するための仕組み(分類体系)や、分類するときの基準(見た目を基準にした場合からDNAの解析結果へ)の変更など、さまざまな所属が変わるごとに、学名が変わっていきます。
そのため、ものすごく古い標本を検査することもよくあります(100年以上前に採集された標本を検査するなんてことも、分類学者は日常的に行っている)。
したがって、これまで数百年にわたって蓄積されてきた科学的資料(標本・記録ノート・論文等)を通じて、過去の偉大な研究者たちと対話するといってもいいかもしれません。
「分類学の父」とされるカール・フォン・リンネや日本の昆虫分類学で著名な朝比奈正二郎などの歴史的な大家だけでなく、自分の調べたい生き物に情熱をもって研究してきた人物との心の対話ができるでしょう。
身近にいる生き物をよく見てみよう!
サザエのように、身近な新種の例は無数にあります。庭先で発見した生き物でも、よく調べたら新種だったり、今は分からなくても後々新種と判明したりするかもしれません。
身近な昆虫を標本として蓄積することが、新種発見への第一歩です。
まとめ
以上、昆虫や生き物の新種の見つけ方、決まり方を見てきましたが、いかがでしょうか。
新種と聞くと、滅多に見られない珍しいことのようにイメージされますが、昆虫ではまだまだひんぱんに新種が発見されています。
むしろ、見つかった種より、見つかっていない種の方が圧倒的に多いとされています。
今回の記事では、以下のような話題を紹介してきました。
・新種とは、まだ学名のなかった生き物で、新たに付けられたもの
・昆虫ではまだ見つけられていない種が、非常にたくさんいる
・身近な生き物でも、新種である場合もある
・新種は、タイプ標本や過去の研究論文との比較を通して決定される
・論文で発表する際の、査読が大きな意味をもつ
この記事を読んでいる人には、いろいろな生き物がいる理由や不思議な生態に関心のある人が多いと思います。
これから進学先を選ぶ学生、一度企業に務めたけど、もう一度勉強し直してプロの研究者になりたいと考えている社会人の方には、誰も知らなかった新種を発見し、歴史に名を残す分類学者への道を考えてみてはいかがでしょうか。
以下の本では、実際に新種を発見した研究者が、新種を同定したエピソード(ヒゲのないヒゲ付きコメムシ)やさまざまな種が生まれる進化の仕組み、最新の分子レベルでの研究などが詳しく紹介されています。
ぜひ、参考にしてみてください。
(監修=綿引大祐、執筆=一色出版・岩井)
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『昆虫たちの不思議な性の世界』(大場裕一編)
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